読書の脳科学的効果

読書のさまざまな効用

 読書をすることのメリットというと、「語彙が豊富になる」「集中力が高まる」「知識や教養が身につく」「文章力が向上する」「様々な価値観に触れて視野が広がる」など、たくさん挙げることができますが、今回は「脳が活性化される」ことと「共感力が育まれる」という点について述べていこうと思います。

読書は「脳の全身運動」

 MRI(磁気共鳴画像法)を用いた脳活動計測実験によると、小説や新聞記事などを黙読している際、物事を考え、学習し、創造性を司る重要な領域である「前頭前野」(特に背外側前頭前野)が顕著に活性化することが明確に示されました。またそれと同時に、文章の意味理解や記憶に関わる「側頭葉」、視覚情報を処理する「後頭葉」など、左右両半球にわたる複数の領域が連動して活発に働いていることも確認されています。読書をすることで、このような脳全体の協調的な活動が引き起こされ、それが脳の基礎的な能力を高める基盤となります。東北大学加齢医学研究所の川島隆太教授は、著書『本を読むだけで脳は若返る』の中で、読書が決して単なる文字情報の受容ではなく、脳全体の広範な領域を活動させる包括的な精神活動、いわば「脳の全身運動」であると位置づけています。
 では、活字ではなく、映像を見るだけではこのような効果は得られないのでしょうか。
 動画を見たり音声を聞いたりする時にも、脳のいろいろな場所が使われます。その時、脳に入力される情報量を比較すると、多いほうから映像・音声・文字の順になります。朗読などの音声には、文字では出せないニュアンスやイントネーションなどの韻律が含まれ、映像は音声に加えてさらに多くの視覚情報が加わるため、音声は文字より、映像は音声より情報量が豊富だということになるのです。視点を変えると、文字のように情報量が少なければ、当然足りない部分を想像力で補う必要が生じてきます。
 ここでいう想像力とは、自分の言葉で考えるということです。脳の中でこの想像力を司るのは「言語野」であり、分からない所が多いほど、脳は音韻・単語・文法・読解の4つの領域を総動員して「これはどういう意味だろう」と考え始めます。見たり聴いたりするものが即座に消え去ってしまう映像や音声に対して、文字の大きく違う部分がまさにここです。活字を読むことは、単に視覚的に脳にそれを入力するだけでなく、能動的に足りない情報を想像力で補い、曖昧な部分を解決しながら「自分の言葉」に置き換えるプロセスであるということができます。
 音声や映像と比べて、文字では圧倒的にこのような想像力が必要となります。つまり、それだけ脳を活発に働かせることになるのです。

共感力を育む

 読書のもう一つの効果として、「共感力が育つ」というものがあります。共感力とは、他者の考えを感じ取り、理解する能力のことです。これは本の中でも特にフィクション小説(ファンタジー、SF、恋愛小説など、架空の出来事を想像的に描いた物語)の読書に高い効果があるということが、いろいろな研究で示されています。これは、登場人物の視点や感情に自己を深く没入させたり、自分とは異なる背景や価値観を持つ人物の喜びや苦しみを追体験することで、自然と他者理解が深まるからだと考えられます。共感力が高まると、相手がなぜそう考えるのか、またはなぜこういう行動を取るのかといった思考力が強化され、そこから立ち返って自分の行動や発言、態度などを適切に選択できる能力が備わると言われています。
 ただ、読書によって共感力を高める効果は、短時間の読書では効果が薄く、性格や思考に影響を与えるには、ある程度の読書時間が必要とされます。また、ノンフィクションの小説は、専門知識や事実理解には役立つものの、共感力向上という点ではフィクションほどの効果は得にくいことも報告されています。これは物語という形態が高い感情の伝達力を持つことを示しています。虚構の物語の登場人物は、豊かな内面描写とかすかな手掛かりから感情を読み取る必要があるからこそ、共感力の向上と深い関わりを持つのだと思います。

 本を読むことは、単なる娯楽に留まりません。脳を活性化させ、他者への理解を深め、自己の内面を深く掘り下げる貴重な体験になることでしょう。